
木村拓哉主演の侍映画。
ある病気がもとで、視力を失ってしまった武士(木村拓哉)が、妻の名誉のために自分の上司に果し合いを挑むなんていうストーリ。
木村拓哉はいわずもがなカッコいいとして、妻役の壇れいが美人だったーという印象が残っているのです。
日本映画の場合、タレントの起用法とか、「あ、あのタレントなれない方言を使ってルなー」とか映画とは全く関係がないところに注目してしまうのが、いけないと思いました。
これが日本映画の欠点で、普段テレビでみているタレントと、映画のキャラクターが切り離せないのです。僕が観ていた武士はやはり「木村拓哉」であって、SMAP×SMAPに出ている「木村拓哉」に他ならないわけです。
これでは、いまいち映画に感情移入できないのです。
だから僕は日本の映画をあまり観ません。
片や、外国の映画の場合、そういった問題は発生しません。外国映画に出ているタレントは、僕の中では完全に映画のなかにしか存在しないキャラになってしまって、そういう視点で映画に集中できるのです。
こういうところにイマイチ日本映画を好きになれない要因があるのだと悟りを開きました。どうでしょうか。
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----この日、スゴい台風が接近していたよね。朝10時からじやお客も少なかったんじゃない。「いやいやそれがどうして。これが補助席が出るほどの超満員。山田洋次にキムタクとくれば、それもうなずけるかな」----たしか、山田洋次は「最初に高倉健に会ったときのようだった」
『武士の一分』公開:2006/12/01(12/03鑑賞)監督:山田洋次原作:藤沢周平 『盲目剣谺返し』(文春文庫刊『隠し剣秋風抄』所収)出演:木村拓哉、檀れい、笹野高史、小林稔侍
映画館にて「武士の一分」山田洋次監督による藤沢周平時代劇映画化三部作の最後の作品。「武士の一分」とは、侍が命をかけて守らなければならない名誉や面目の意味。舞台は江戸時代末期、東北地方にある架空の藩である海坂藩。下級武士・三村新之丞(木村拓哉)と妻・加世(
「武士の一分」は高視聴率男である木村拓哉11年振りの主演映画で、山田洋次監督作品として注目の時代劇であり、毒見役の侍が毒に当たり、失明してその葛藤と苦悩と絶望などが描かれている。木村拓哉が時代劇に挑戦する事そのものが異例だけに多くの人が注目するだろうし、
ブログをやっているコアな映画ファンには満足いかないかも知れない。だが、一般の人々、買い物ついでに友達と映画をよく観たりする人、夫婦、時代劇好き、ドラマ好きの人には大満足出来るようなすばらしい「邦画」だ。