カブシキ!

  • 2015/04/07(火)
  • 瀬戸内海に浮かぶ大久野島に行ってきました。 毒ガス うさぎ

    春休みを利用して、瀬戸内海の大久野島に行ってきました。
    広島県竹原市の忠海という地名にある、大久野島。

    最近はうさぎの島として有名です。
    Wikipediaでは、こう書かれています。

    大久野島(おおくのしま)は、瀬戸内海に位置する島で、芸予諸島の1つ。広島県竹原市忠海町から沖合い3キロメートルに位置し、周囲は4.3キロメートル。1934年(昭和9年)に瀬戸内海国立公園に指定されている。
    「地図から消された島や「毒ガス島」などと呼ばれ、第一次世界大戦以降の化学兵器製造の実態を今に伝えている。また近年では多数のウサギが生息することでも知られ、ウサギ島とも呼ばれる。



    広島県に住んでいながら、この島の存在を知ること無く過ごしていました。
    この島の負の歴史である、毒ガスというキーワードは、広島県で医師をしていれば、ときどき耳にします。
    毒ガス製造工場の工員であったひとたちは、いまもその健康被害に苦しんでいるのです。
    広島県で内科医をしていれば、必ず工員であったひとを診察したことがあるはずです。

    忠海駅から、港まで歩き、フェリーにて大久野島わたります。
    フェリーでは大久野島まで15分くらいです。フェリーを降りるとすぐにうさぎたちが出迎えてくれます。

    大久野島20150405 (3)

    人になれた多数のウサギたちが観光客を出迎えてくれるよう。現在は年間約10万人の観光客が訪れる「ウサギの楽園」として知られ、一部のウサギ好きの聖地ともなっている。ウサギの保護のため、大久野島には補助犬以外の犬の連れ込みは禁止されている。

    うさぎ、すっごい多くてびっくります。しかもすべて野生であることに驚きます。
    本当にうさぎにとっての天敵が居ないようで、さらにうさぎたちは観光客にエサをもらえることが当たり前になっており、人間をまったく怖がりません。

    エサの入っているであろうビニール製の袋などを持っていると、人懐っこく近よってきます。

    ある意味、野生ではなくなってしまっています(笑)

    大久野島20150405 (2)

    島全体の図です。
    1周が4㌔ 走って回れる距離です。地図からわかるように、島には、国民休暇村と、毒ガス資料館くらいしか見るものがありません。
    わたしは、国民休暇村に宿をとり、ゆっくりしてきました。
    今度行くことがあれば、ランの道具を持って行こうと思いました。1周4㌔なら、2周くらいは余裕で走れそうです。

    国民休暇村のご飯はとても美味しく、特に地元で採れる「タコ」料理を美味しくいただきました。
    タコの唐揚げ、たこ飯、タコの刺身。
    1泊2日の旅行でしたが、3回タコを食べました。

    大久野島20150405 (1)

    これは国民休暇村で撮影した、たけめしの看板です。
    たけめしは竹原の名産であるたけのこを使ったお寿司のようです。
    これを食べたかったのですが、一日10食限定とのことで、わたしは食べることができませんでした。


    いま訪れると、うさぎが居て、ご飯も美味しくて、環境も良い島です。

    しかし、この島には暗黒の歴史があります。

    陸軍は、第一次世界大戦時に、地理的な条件や秘匿の容易さなどから、大久野島を化学兵器の生産拠点に選び出した。
    化学兵器は、1925年のジュネーブ議定書で戦争での使用が禁止されていたが、開発保有は合法だった(また、当時の日本は署名だけしており、批准はしていなかった)。

    1929年(昭和4年)5月には生産施設の建設に着手した。陸軍造兵廠火工廠忠海兵器製造所(後に東京第二陸軍造兵廠忠海製造所)と呼ばれており、主な生産施設には島内北西部の長浦工場地帯と三軒屋工場地帯の2箇所があったほか、発電所、材料・製品倉庫などの関連施設が置かれた。


    大久野島は、化学兵器である毒ガス製造の拠点とされていました。
    大規模な工場が建設されていたのですが、忠海の人たちはそれが毒ガス製造に関わるものだとは知らせれずに、そこで働いていました。内部のものには、毒ガス製造をしていることを他言しないように緘口令をしきました。
    さらに、大久野島は、その存在を他国に知られないようにするために、当時の日本地図から消されたのです。

    毒ガス製造は危険と隣り合わせです。ほとんどの化学兵器は、それを呼吸器から吸い込むことによって、肺の上皮をいためます。つまり、肺の病気の原因になるのです。
    実際、毒ガス製造の工員であったひとたちは、いまも肺胞上皮障害による後遺症に苦しんでいます。
    このような負の歴史を知ることができる資料館があり、この島の歴史を知ることができます。

    広島県に住んでいながら、この島に行ったことが無かったことを、恥ずかしく思いました。
    再訪を誓い、島を後にしました。
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